近江八幡・新町通

 豊臣秀次は近江八幡築城にあたり、新たに開削した八幡堀を挟み、北側の八幡山麓を武家地に、南側を碁盤の目に整備し町人地としました。さらに町人地の東側は職人地に、西側の新町通周辺に商人を集め商人地としたのです。 つまり、この新町通周辺が近江八幡の商業の中心地であり、かの近江商人もここから生まれたのでした。
【資料館・歴史民俗資料館】
 近江商人の代表的な人物・西村太郎府右衛門の宅地跡にある郷土資料館には、考古・民俗・美術工芸などの資料が展示されています。また上写真の塀の奥の歴史民俗資料館では、往事の商家の生活様式をそのまま残して展示しています。 
 上右の写真の道標には「京街道」の文字、右側奥に向かう通りが「新町通です。
歴史民俗資料館・入り口 格子窓の向こうが新町通
新町通の両側には、古い商家の町並みが連なり、正面には八幡山城を望むことができます。この町並みは、県下で初めて重要伝統的建造物群保存地区に指定されました。江戸末期から明治に建てられた家には、防火用の「うだつ」(左写真の左手前の建物の二階部分の白い壁)が作られており、また家並みの塀越しにのぞく見越しの松が風情をそそります。
【重要文化財・西川家住宅】 
 江戸時代の大商人であった西川利右衛門の旧宅は、国の重要文化財に指定されています。利右衛門は屋号を「大文字屋」といい、畳表・蚊帳などを商っておりました。

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