近江八幡・八幡堀

 羽柴秀次(後の豊臣秀次)は、八幡山々上に築城するにあたり、山麓に城を防備する役割の内堀として「八幡堀」を造りましたが、この堀は軍事的な側面のほかに、当時の全国の物資流通の要であった琵琶湖を通過する船団に、八幡浦への経由を義務づけ、この町を陸上交通との連絡の場にしようとする商業的な側面も併せもったものでした。そしてこの八幡堀は八幡城が廃城になった後も、その地の利を生かし一大物流ターミナルとして、八幡商人発展の礎となりました。
 しかし、自動車の発達や幹線道路の整備に伴い、この八幡堀も次第に忘れられた存在となってしまい、水質の悪化・ゴミの投棄・琵琶湖の水位低下などから、雑草が繁茂し悪臭を放つ運河になってしまいました。そんな状況の中、市民有志が堀の存続と浄化を目指して立ち上がり、今では近江八幡のシンボル的な存在として再生されたのです。
建ち並ぶ土蔵の白壁が水面に映り、美しい紅葉が彩りを添える八幡堀。
堀に沿って続く石畳の遊歩道「てんびんの道」。そこここに残る、荷下ろしのための石段。
着流しで歩くと、まさにタイムスリップしたような思いに囚われる。
この川は本所・横川。あの橋は法恩寺橋。
あの橋のたもとには、若き日の平蔵と左馬之助が憧れた「おふささんの桜屋敷」がある。
そんな鬼平犯科帳のワンシーンが目に浮かぶ景色でした。
かわらミュージアム

 八幡堀に沿った瓦工場の跡地に、景観を損なわないように建てられた白と黒のモノトーンの個性的な建物。八幡瓦と八幡の歴史をテーマとしたミュージアム。瓦づくりの体験もできます。

入 館 料 :300円
開館時間: 9:00〜16:30
休 館 日 :月曜日(祝日は開館)
       祝日の翌日、年末年始

ちょっと寄り道

 洋風建築とは関係ありません。
 西川家二代甚五郎(1582〜1675)は現「西川産業」の祖です。
 そう、あの「布団の西川」です。
 その邸宅がこれです。お見事。
 内部は非公開です。

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